08 リアリズム(三現主義) 

現場に足を運び、現物を手に取り、
現実を自分の目で確かめる。
三現主義はモノづくりだけじゃない。

 浜松の町工場からスタートした本田技研工業を「世界のHonda」にまで育て上げた本田宗一郎は、徹頭徹尾、現場の人だった。

写真提供/本田技研工業株式会社

写真提供/本田技研工業株式会社

事件は現場で起きている

 HondaをHondaたらしめている企業精神の多くは本田宗一郎の人柄に由来し、そのエピソードにも事欠かない。従業員からは親しみをこめて「オヤジ」と呼ばれていたが、一方で共に仕事をした従業員は共通して「オヤジさんは怖かった」とも述べている。作業中に中途半端な仕事をしたときなどは怒声と同時に容赦なく拳をお見舞いする。実験データを得意気に読み上げていると「実際の走行データを持ってこい」と激怒して灰皿で殴ることもあったらしい。
 「三現主義」は、机上の空論ではなく、実際に“現場”で“現物”を観察し、“現実”を認識した上で問題解決を図るという考え方である。つまり、“現場”“現物”“現実”の3つの“現”を重視し、机上ではなく実際に現場で現物を観察して、しかも現実的に問題解決を図るという姿勢を指す。三現主義はHondaの専売特許ではなく、トヨタでも最重要視されているし、日本のモノづくりの現場に広く浸透した常識でもある。言いかえれば、日本のモノづくりの強みを支えているカルチャーだ。
 三現主義はモノづくりの現場だけでなく、チエづくりの現場にも欠かせないと思うのだが、現実はどんどん仮想化の方向へ流れている。情報システムの発達とインターネットの普及により、現場に足を運ばなくとも膨大なデータや情報を容易に入手できるようになった。企画開発の対象自体がカタチをもたないプログラムやシステムである場合が多くなっている。
 実際、パソコンの前から一歩も動かずに、一つのまとまった企画を、かなりのクォリティで仕上げることは十分に可能である。過去20年の情報技術の進展が、企画開発に携わる人間のケイパビリティを飛躍的に高めてくれたおかげである

情報を五感から入れる重要性

 本田宗一郎が、乗客のほとんどがスマートフォンに見入っている電車に乗り合わせたら何というだろう。きっと怒り出すことだろう。怒る理由は、車内風景の異様さだけではない。情報を目からのみ入れている様子に、大きな危惧感を覚えるからだ。
 再三繰り返すが、企画発想におけるアウトプットはインプットに由来する。何をインプットするかも重要だが、どのようにインプットするかもきわめて重要なのだ。同じ情報であっても入力方法を変えることで、刺激される脳みその部位が変わるからだ。
 便宜上、五感という言葉を使うが、人間の感覚機能は5種類にとどまらず多数ある。目や耳、鼻、舌、皮膚に代表される感覚部位はすべて身体の外部環境を知るためのものであり、これとは別に身体の内部環境を知るための感覚器が体内に配置されている。末梢神経から中枢神経に至る経路と刺激する部位は、感覚器に応じて異なる。さらには同じ感覚器から出た信号が違う経路・部位に伝送されることもある。
 現代に生きるわれわれは、外部情報入力のほとんどを視覚に頼っている。しかも実在の風景よりも、記号化された画像や文字を眺めている時間の方が圧倒的に長くなっている。
 パソコンの前に座ったまま、テキスト化された情報に基いて考えるのと、現場へ足を運び肌でその場の空気を感じながら考えるのでは、情報量に圧倒的な差が生じる。さらには刺激される脳みその部位が違うため、アイデアの出方自体も変わってくる。

1-08-1 感覚の分類

現場理解が説得力を変える

 現場に足を運ぶことの重要性は、情報入力の質を変え、新しい着眼点を得るためだけではない。実際に現場に足を運ぶことで、説得力という特権が提案者に与えられることが大きい。特に企業規模が大きなクライアントでは、スタッフとラインの距離が遠くなりやすいため、現場で得た情報は提案に重みをます。
 もっとも、現場に足を運ぶだけで万全なわけではない。アリバイ的に足を運んだだけでは裏目に出ることもある。
ずいぶん前に、ある有名玩具店のリニューアル計画を提案したことがある。日本最大の玩具店としてギネスブックにも掲載された有名店だから、当然ながら入念に準備し、現場にも何度も足を運んだ。提案のポイントは現状のフロア構成を大胆に入れ替えることと、玩具店の歴史的な成り立ちをモダンなストアデザインの中に織り込むことだった。
それなりに自信のある提案だったが、結果は散々だった。コンセプトを説明している途中で、レイアウトプランをちらっと見た社長が突然怒りだしたのだ。
「君たちは本当に店を見てくれたのか!」
「もちろん、何度も伺いましたが…?」
「じゃあ、クリスマスがどんな状態になるかもわかっているんだろうな!」
 クリスマスシーズンの現場は見ていなかった。この年間最大の繁忙期は来店者数が通常の5~6倍に達するため、提案したプランではとても運営ができない。最大繁忙期に合わせた売場デザインが、社長の頭の中では最優先事項だったのだ。現場確認の際に気づいたムダなスペースや奇妙な什器レイアウトの意味がようやくわかったが、すでに遅かった。プレゼンテーションを終えられないまま、提案はそれきりとなった。
 クライアントをもっとも失望させるプレゼンテーションは、現場の無理解に基づく机上論である。とりわけオーナー系経営者に提案する場合は注意を要する。アイデアの質以前に、現場に対する眼差し自体が問われるからだ。提案の受け手は、現場に生きている人なのだから。

1-08-2 神経系のしくみ(概念図)

1-08-2 神経系のしくみ(概念図)